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Annual Report 2005より

宮園 浩平

平成17年12月11日に京都大学の月田承一郎教授が亡くなりました。平成17年度は私個人にとってはこのことはたいへん大きな出来事でした。今年は月田さんの話しを少し書かせてもらいます。

月田さんのなされた研究、月田さんの研究に対する姿勢などは、遺稿である「小さな小さなクローディン発見物語」(羊土社刊)に書かれています。ぜひ読んでいただきたいと思います。いろいろと興味深い話しが出てきます。研究者の「視力」とか「セレンディピティ」という言葉は酒を飲むと月田さんが時々口にしていました。このおっさん、ただの酔っぱらいとは違うなあ、と思ったものでした。そのうち本当に酔っぱらって寝てしまい、起こすのに苦労したものですが。

「1日24時間研究のことを考えていないと満足できない」という話しも出てきます。この部分をすごく印象深く思った方もいたようです。でも、皆さんは24時間研究のことを考えていませんか?私は留学していたときは研究が楽しくてしょうがなくてずっと研究のことを考えていました。研究をしていないときも次の実験をどうしようかということを考え、そのためには土曜日に何をやったらいいかとか、日曜日にどういう風に仕込みをすれば月曜は朝からフルに仕事ができるとかばかり考えていました。極端にいえば寝るのも、休暇をとるのもすべて研究のため、と思っていました。

研究というのはすごく面白いものです。そのことは月田さんの本にも何度も出てきます。癌研の菅野晴夫名誉所長も3月の会で、研究でもっとも大事なことは「Exciteできること」とおっしゃったそうです。私は大学を卒業してしばらく内科にいましたが、そこでも先輩が「研究は面白くて麻薬みたいなものだ」と言っておられました。当初はピンと来なかったのですが、研究のことがある程度わかるようになってなるほどと思ったものです。しかし研究が面白いと思えるようになるには相当な努力が必要なことも確かです。外国人の発表を聞いて興奮する、などというのも英語が十分理解できないといけないわけですから。

私自身は皆さんご存知の通り、内科で臨床をやりながら実験をするという生活を合計で6年間過ごしました。ベッドサイドで見たことを実験で確かめることが大切なので、臨床医学における研究はきわめて重要だということをよく耳にします。これは一理あります。私自身は臨床も好きでしたし、研究も好きでした。しかし臨床をやりながら研究をするのでは、どんなにがんばっても研究だけやっている欧米の一流の研究者にはかなわないと思うようになりました。24時間研究のことだけを考えている人には絶対にかなわないと思ったわけです。そこでどちらかを選ぼうということになり、スエーデンに留学し研究だけに集中するという道を選びました。ですから今、分子病理や癌研にいる人たちは、20年ちょっと前の私から見るととてもうらやましい状況にあります。皆さん、24時間ずっと研究のことを考えればいいわけですから。

私は、欧米の一流の研究者の多くは長い休暇を取るし、優雅な生活をしていて羨ましいなあと思い、また日本人は朝から晩まで働いているのにどうして海外の研究者にかなわないのだろうと若い頃は思っていました。しかし留学したさいにスエーデンで指導してくれたCalle Heldinや、一緒にALKのクローニングの仕事をしたPeter ten Dijkeを見たときに彼らが如何に研究のために時間を費やしているかを見て考えを改めました。最近はUCSFのRik Derynckと一緒にTGF-βの本を作っていますが、Derynckの多忙な生活を見たときにも驚いたものです。月田さんも宴会で酔っぱらっているところしか見たことがなかったのですが、仕事を終えた後も自宅で深夜まで仕事をしておられたことが、月田さんが亡くなられた夜、月田さんのマンションを訪れた時にわかりました。彼らに共通していることはそうした多忙な生活を送りながらもサイエンスを心から楽しんでいるということでしょう。

もう一つ、月田さんから教えられたことは(と言ってもなかなかその通りにできなかったことですが)、研究室で「先生」と呼ぶな、ということでした。月田研ではお互いを「さん」づけで呼びます。そのあたりのことは月田研のホームページに詳しく書いてあります。研究者同士は自由に、そして対等に議論を闘わせなければいけない、教室で「先生」と呼ぶような上下関係を作っては自由なディスカッションは絶対に産まれて来ない、というのが月田さんの信念でした。私が内科にいたときの癖で「月田先生」と呼ぶとすぐに「先生と呼ぶな」と注意されました。うちのラボでは皆さん私のことを「宮園先生」と呼んでくれます。今さら、「宮園さん」と呼んでくれというのはとても恥ずかしいのでお願いできませんが、どうか皆さんの気持ちの中では「宮園さん」と対等にディスカッションしているのだと思ってくれるとありがたいです。

上述の通り、私は今、Derynckと二人でTGF-βの本を編集しています。全部で33章にも亘りますので原稿も集まらないしなかなか大変な仕事ですが、何とか年末までに発行できればと思っています。33章の原稿をすべて読まなければいけないのでたいへんではありますが、とても面白いのでものすごく楽しんでいるのも事実です。この本の第1章にAnita Robertsの興味深い話しがでてきます。彼女が世界で初めてTGF-βを純化しようとしたときにノーベル賞学者のChristian Anfinsenから「think big」とアドバイスされたそうです。そこで、普通では考えられないような大量のウシの腎臓やヒトの血小板から純化精製を試み、ついにTGF-βのアミノ酸配列を決定することができたと書いています。これはたいへん印象深い話しです。学位のための論文を書くことももちろん大切ですが、世の中の役にたつような、あるいは月田さんが言っておられるような「教科書に残るような」研究をするためには、「think big」というのは重要なキーワードではないかと思います。

今年はちょっと説教っぽくなりましたが、ご容赦ください。平成17年度は発表論文が少なかったので平成18年度と2年分で一冊のAnnual Reportにしようかとも思いましたが、毎年Annual Reportを作ることが重要と考え、今年はちょっと薄くなってしまいましたが作成することにしました。協力してくださった皆さんに感謝します。

最後になりましたが、平成18年5月25日にアメリカNIHのAnita Roberts博士が亡くなりました。2年前に胃がんが発見され、その後は自分のhome pageを作って胃がんとの闘いを公表しながら残された人生をenjoyしておられました。2005年3月のKeystone symposiumや6月のFASEB meeting、2006年2月のAACR meetingで元気な姿を見せてくれ、いつもと変わらぬ素晴らしい発表を聞かせてくれました。たいへん安らかな最期だったとのことです。心よりご冥福を祈ります。

平成18年5月 宮園 浩平