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Annual Report 2012より

宮園 浩平

ロマンチックな科学者たち

医学部長になって2年が経ちました。相変わらず、医学部長室と教授室を行ったり来たりで、研究室の皆さんと話す時間がなくて申し訳ない日々が続いています。

10数年前に羊土社から発刊された「ロマンチックな科学者」「続・ロマンチックな科学者」を久しぶりに眺めてみました。昨年亡くなった井川洋二先生がまとめられた本で、高名な研究者のエッセイを集めた本です。井川先生は大塚の癌研究所でウイルス腫瘍部の部長を勤められたあと、東京医科歯科大学の教授として活躍されました。ワインが好きで、英語が堪能で、ヒゲが格好いい先生でした。海外出張に行くたびにワインを抱えて帰国されていたようです。私もワインを何本も抱えた井川先生に飛行機でばったりお会いしたことがあります。研究はロマンチックなもの、という信念を持っておられたように思います。ご自身でセミナーシリーズを企画して、面白い話しをしてくれそうな人を呼んでおられたのも印象的でした。

私も「続・ロマンチックな科学者」に「細胞内シグナリングをどう攻めるか」というタイトルで原稿を書かせていただきました(http://beta-lab. umin.ac.jp/angle/RO-MO.htm)。「ロマンチックな科学者」は大先輩の先生方が執筆しておられるので、面白いなあと思いながら読んだのですが、続編の方で執筆依頼が来たときはかなりびっくりしました。私にはまだそれほど研究の上での経験もウンチクもありませんでしたので何を書いたらいいか分からず、思いつくままにスウェーデンに留学した経験を中心に書いたことを覚えています。今から見てもずいぶんと堅苦しいことを書いているように思います。

もう一つ、科学者のサイエンスに対する思いをまとめた本で、武田医学賞受賞者のエッセイを集めた「若き研究者へ贈る言葉」という本があります。1973年に受賞された石坂公成先生から2012年の受賞者の水島昇先生、三品昌美先生、笹井芳樹先生まで、受賞のさいに書かれたエッセイが並んでいます。最初の石坂先生のエッセイを見てまずドキッとします。タイトルは「サイエンスは美しいものである」。石坂先生は東大医学部を1948年に卒業後、アメリカで35年間で免疫学を研究された先生で、IgEを発見されたことで有名です。そう言えば私も若い頃に、「サイエンスの魅力は何か」と友人と深夜まで議論したことがあります。同じことを発見しても得られたデータをどのようにまとめるかは個々の研究者の力である。読む人の心に訴え、多くの人の記憶に残るような論文になるように、一つ一つのデータを積み重ねて、自分の考えをしっかりと論文にまとめることは研究者の技量であり我々に与えられた特権でもある、というようなことを生意気に議論しました。若かったんですねえ。

今年のAnnual Reportであらためて触れておきたいのが2005年12月に亡くなった月田承一郎先生の遺作「小さな小さなクローディン発見物語」(羊土社)です。月田さんと私の付き合いは以前にもAnnual Report (2005年と2006年)で書きましたが、私にとって月田さんはあこがれの科学者でした。私は大学では月田さんの3年後輩で、二人とも鉄門陸上部(東大医学部の陸上部)に所属していました。明るい先輩だなあという印象しかありませんでした。そういえば月田さんが陸上部で走っている光景は記憶にありません(私も相当にだめだめでしたが)。月田さんは1978年に東大医学部を卒業した後はすぐに基礎医学の道に進み、細胞接着の研究をスタートします。その後は岡崎の生理研から京都大学に移って研究されました。

月田さんはタイトジャンクションに存在する重要なタンパク質であるオクルディンを1993年に発見します。この論文はJournal of Cell Biology (JCB)に発表されましたが、ものすごい反響だったそうです(月田さんはどんなに素晴らしい論文を書いてもJCBにしか発表されませんでした)。月田さんはこれで「一つの山に登った気になった」と書いています。しかし、オクルディンは最初にニワトリで見つかったのですが、その後、ヒトやマウスのオクルディンの遺伝子がなかなか取れず、「オクルディンってニワトリにしかないのとちゃう?」という皮肉まで出てきたそうです。それでも苦労してヒトやマウスのオクルディンの遺伝子をやっと見つけてオクルディン遺伝子をマウスでノックアウトしたらES細胞から上皮細胞ができ、立派なタイトジャンクションができたという苦労話が綴られています。「どうしよう、オクルディンって大切やと言い回ってきたのに(ノックアウトしてもタイトジャンクションがちゃんとできてしまうやん)」と顔面蒼白だったそうで、オクルディンをノックアウトしたら自分たちまでノックアウトされたと自らを揶揄していたそうです。

「でもここで止めちゃあ、プロの研究者じゃあないよなあ」ということで、真の幻のタイトジャンクション内在性タンパク質をあらためて探し、1998年にクローディンを発見し、これもまたJCBに発表されたわけです。この頃の月田さんのセミナーは本当に面白かったです。サイエンスって素晴らしいよなあと感動したのを昨日のことのように覚えています。ちなみに1993年のJCBの論文はこれまでに1332回、1998年の論文は1025回、これらの成果をまとめたNature Reviews Molecular Cell Biologyの2001年の総説は1095回引用されていて、反響の大きさがわかります。

月田さんは「セレンディピティ」という言葉をよく使っておられました。簡単にいえば、研究の上での「視力」。偶然に出会った幸運を見逃さない能力、研究面では普段研究しているうちに目的外のことに気づき、それを大きな発見に結びつける能力、ということでしょうか。「セレンディピティ」の話しが月田さんから出るたびに、難しいことを考えているなあ、と思って聞いていました。こういう先輩に若いときから巡り会った私は、研究者として本当に幸せ者です。

私のスウェーデン時代のボスのCarl-Henrik (Calle) Heldinさんがノーベル財団のchairmanになられました。本人曰く、「A little bit overwhelming, but exciting」だそうです。Calleには昨年も日本に何度も来ていただき、11月には還暦のお祝いにみんなで赤いちゃんちゃんこをプレゼントしたら嬉しそうに着てくれました。Rik Derynckも60歳になって、4月初めにUCSFでお祝いのシンポジウムが開催されました。記念のワイングラス(写真)はRikの思いがこもっているとのことでなかなか素敵です(私の教授室に置いてあります)。

いろいろあった2012年ですが、2013年も良い話しがたくさんあることを祈っています。

2013年5月 宮園 浩平