TGF-βとSmadによるシグナル伝達機構:過去・現在・未来

宮園 浩平

PART-1 これまでの研究の歩み 「増殖因子と増殖抑制因子」

増殖因子の作用と動脈硬化

私(宮園)は1981年に大学を卒業して血液病学を専門に選んだが、最初に与えられたテーマは血小板の研究を何でもよいからやってみないか、というものであった。当時は白血病の癌遺伝子や造血因子の研究が血液病学の分野では盛んになりつつあっったので、あまりなじみのないテーマをいただいたという気がしたのは事実である。ところがそのころ、血小板はただ単に出血を止めるだけでなく、さまざまな生理活性物質を含んでいることが明らかとなりはじめており、血小板の研究は活気を帯びつつあった。

留学先のボスであるCarl-Henrik Heldin博士はその先駆けの一人で、血小板からPDGF(platelet-derived growth factor)を純化しその構造と作用を決定することをテーマとして研究を行っていた。PDGFは血小板に豊富にあることから損傷の修復や動脈硬化の進展に密接に関わっているのではないかと期待されていたのである。また当時発表されたRussel Rossらの動脈硬化に関する「傷害反応説」を読んで感銘を受け、血小板の研究と動脈硬化についてさらに進めていきたいと考えた。

増殖因子の作用と癌遺伝子

HeldinらをはじめいくつかのグループがPDGFを純化してその構造を決定したところ、癌遺伝子の一つであるsisときわめてよく似ていることが1980年代前半に明らかとなった。また平行して研究を行っていたPDGFレセプターがチロシンキナーゼ活性を持つことも明らかとなった。当時はちょうど多くの癌遺伝子の存在が確認され、そのうちのいくつかがチロシンキナーゼであることが明らかとなり、にわかに細胞の増殖促進機構と癌遺伝子との関係が注目されるようになったころである。Heldinらは、「正常の細胞ではPDGFを初めとする増殖因子がレセプターに結合すると細胞内にシグナルが伝わり細胞が増殖する。一方、癌細胞では増殖因子が過剰に作られたり、レセプターや細胞内のシグナル伝達分子に異常がおこって信号が常にオンになったりしているために、細胞の自律性の増殖が起こる」という考えを示した(図1)。このように増殖因子の研究は動脈硬化だけでなく、細胞の癌化とも密接に関わってくることが明らかとなり、研究も新たな展開を迎えた。


図1: 増殖因子、増殖抑制因子と癌遺伝子、癌抑制遺伝子の関係

負のシグナルを伝えるTGF-β

細胞の増殖には正と負のシグナルがあって、正のシグナルは負のシグナルによって行きすぎがないように調節されている。このため負のシグナルに異常が起こると増殖が過剰に起こり、細胞の癌化の一つの要因となることが予想される(図1)。血小板にはPDGFのような正の増殖因子だけでなく、増殖抑制因子も存在することが次第に明らかとなってきた。とくにTGF-β(transforming growth factor-β)は1980年代半ばに明らかとなった強力な増殖抑制因子で血小板に大量に含まれていた。そこで我々も1986年ころからTGF-βの研究を開始し、細胞の増殖抑制がどのようなメカニズムで起こるかを調べ始めたわけである。

増殖抑制因子と癌抑制遺伝子との関係は増殖因子と癌遺伝子の関係とちょうど裏表にあたる。我々が研究を始めたころにはTGF-βと癌抑制遺伝子の関係はまったくわかっていなかったが、最近になってようやくその密接な関係が明らかとなってきた。増殖因子と増殖抑制因子の関係はちょうど自動車のアクセルとブレーキのような関係である。癌抑制遺伝子の異常は要するにブレーキが壊れた状態なのであると考えるとわかりやすい。

TGF-βレセプターのクローニング

1992年までにアクチビンやTGF-βのII型レセプターがクローニングされ、この分野の研究は新たな展開を迎えた。増殖因子のレセプターがチロシンキナーゼ型レセプターであるのに対し、II型レセプターはセリン・スレオニンキナーゼ型レセプターであることがわかり、ではもう一つのシグナル伝達レセプターであるI型レセプターはどんな構造を持っているかということが注目されていた。またTGF-βには類似した物質が数多くあり、骨形成因子(BMP; bone morphogenetic protein)やアクチビンがTGF-βスーパーファミリーに分類され、平行して研究が行われるようになった。

我々はとりあえずII型レセプターに類似したものをいくつかクローニングしようということで宮園、Peter ten Dijke、一條秀憲、山下英俊らが手分けして実験をはじめ、6つのクローンを得た。ところが、驚くべきことに5番目にクローニングしたレセプターがTGF-βのI型レセプターであることが明らかとなった。また残りのレセプターもアクチビンやBMPのI型レセプターであることが次々と明らかとなり、TGF-βスーパーファミリーのレセプターを系統的に明らかにすることができた。こうしてレセプターが同定された結果、1995年に日本に戻ってきたころからはTGF-βレセプターによって細胞内のシグナルがどのようにして伝えられるかが注目されるようになったのである。