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Annual Report 2009より

宮園 浩平

JB -- Double the Impact Factor!


JB2010年7月号の表紙

私は2010年1月から日本生化学会が発行する英文学術誌Journal of Biochemistry(以下JB)のEditor-in-Chiefになった。2006年から6名いるEditorの一人としてJBの編集に関わっていたのでJBの最近の事情はある程度はわかっていたつもりだったが、いざEditor-in-Chiefを引き受けることになるとさすがに荷が重い。分子病理の皆さんも私が突然、「JBに論文を出そう」と言い始めたので不思議に思っている人もいるかもしれない。そこで、この機会にJBに関する私の考えを述べてみたい。

私は医学部の学生の頃、第一生化学の山川民夫先生の教室をフリークオーターで訪れ、そのときに初めてJBに出会った。山川先生は、「日本人は日本の雑誌をもっと大事にしなければいけない」とおっしゃり、実際に第一生化学講座では論文を全てJBに発表しておられるのでびっくりした。どの雑誌に載せるかではなく、あくまで論文の内容で勝負というわけである。調べてみると当時の日本の研究室の中にはJBに優れた論文を優先的に投稿しているところがいくつもあった。山梨に行かれた宮澤先生が所属しておられた薬学部の教室もかつてはそうだったそうである。スウェーデンに留学しているときに夕方の空き時間を私はBiomedical Centerの図書館で過ごすことが多かったが、JBを開くと江橋節郎先生が東大を退官された後も論文をほぼ半年に1報発表しておられるのを見つけて感動したのを覚えている。JBは日本の優れた研究者にこよなく大切にされて来た雑誌なのである。

日本発の科学雑誌と言えば生化学会のJBのほか、癌学会のCancer Science、分子生物学会のGenes to Cells(以下GTC)、免疫学会のInternational Immunologyなどがあげられる。Cancer Scienceは私が留学当時はJapanese Journal of Cancer Research (JJCR)と呼ばれており、日本発の優れた論文が掲載されていることからスウェーデンの図書館に置いてあった。GTCやInternational Immunologyの歴史はもう少し新しい。スウェーデン人の研究者に聞くと、全体のレベルとしてはJBやJJCRはJBCやCancer Researchに比べて劣るが、非常に重要な論文が時々掲載されているので欠かさずチェックしているという研究者が少なからずいた。

Cancer Scienceは2003年から名称を変更し、さらに日本癌学会の会員に英文のReviewを積極的に発表していただくなど画期的な改革を行い、それまで2点以下だったImpact factorが2005年には3.8を超えるに至った。そして重要なことは2009年になってもImpact factorが3.5前後を維持し続けていることである。これは日本の雑誌の中ではきわめて珍しい。Impact factorの上昇に伴い、海外からの投稿がどんどん増えており、雑誌そのものがかなり分厚くなった。今やCancer Scienceは名実ともに国際科学雑誌の地位を確立していると言ってよい。

かたやJBは、残念ながらImpact factorは1.8前後を上下しており、掲載されている論文の質は決して悪くないのであるが、なかなかImpact factorが上がってこない。ある先生は「JBは絶滅したと思っていた」とおっしゃっていた。どうやら私のEditor-in-Chiefとしての使命はJBのImpact factorを如何にして上昇させるか、ということのようである。Impact factorをあげるための手段はいくつかあるが、内容が良くならないのにImpact factorだけ上げてどうするのだ、という批判もあると思う。しかしCancer Scienceの例を見る限り、Impact factorがあがると雑誌の評判が良くなり、結果として優れた論文が投稿されてくるという好循環が起こるようである。

JBに投稿が少ない理由の一つに、Impact factorが低いわりに細かい追加実験の要求が多いということがあるようである。とくに学位を取得するために論文がacceptされている必要がある場合などでは(幸いに東大医学部はそうした縛りがないが)、あまり細かい修正を要求しないでacceptしてくれるBBRCやFEBS Lettersのような速報誌が人気があるようである。しかし論文を発表するさいには、できれば専門家に査読をしてもらって必要な修正を行う方が、論文が後々まで残ることを考えれば遥かに良いのだと考えて、速報でなくFull paperを出してほしいというのが私の希望である。

ということで2010年からJBはいくつか変更を行った。JBのwebサイト(http://jb.oxfordjournals.org/)をチェックしてもらうと、JBが最近変わったことがわかると思う。ただし、今回行ったいろいろな変更がたとえ効果があっても、Impact factorについては2012年6月にならないと結果として出てこない。果たして皆さんが期待しているような「Double the Impact factor!」が実現できるかどうか甚だ心もとない。私としては祈るばかりである。

今年の表紙


Annual Report2009の表紙

最近、がん幹細胞(cancer stem cell)に関する研究がホットになってきた。「がんはすべての細胞が無制限な分裂能力を持った均一な細胞集団から成るのではく、自己複製能を有するがん幹細胞と、そこから派生してできる分化した細胞によるヘテロな集団から成る」というのがCancer stem cellの考え方であるが、我々の経験でもがんは決して均一な細胞から成るわけではなく、一部の細胞だけがin vivoで高い腫瘍形成能を有し、強い抗がん剤抵抗性や放射線抵抗性を示すようである。

より効果的ながんの化学療法を考えるとき、がん幹細胞の存在を念頭に置くことは重要である。これまでの化学療法剤は盛んに増殖している細胞を標的としていたことから、がん幹細胞ではなく子孫のがん細胞を殺していたものと思われる。がんを大きな樹に例えれば(私はがんを何かに例えるのは好きではないが)、従来の化学療法は枝葉を切り落としてがんを小さくするだけで、実際には樹の幹にあたる部分を残してしまっていたのである。当然のことながら、残った樹の幹の部分から新たな枝葉が出てくることによって、がんの再発は避けられない。そこで、がん幹細胞を標的とした治療法を開発することでがんを幹から根絶することができないか、という考えにたどり着くわけである。こんなことを考えていたときに、表紙のような大きな桜の樹の写真を見る機会があって、ぜひとも2009年のAnnual Reportに使いたいと思った次第である。

2009年度を振り返って

2009年4月より宮澤恵二先生が山梨大学の教授で転出され、渡部徹郎先生が准教授に、鯉沼代造先生が講師に、さらに岩田要先生が助教になられました。宮澤先生にはあらためてこれまでの分子病理学教室でのご尽力に深く感謝いたします。

2009年4月より私はスウェーデンウプサラ大学のLudwig癌研究所でGuest Professorに就任することになりました。2010年2月よりEleftheria Vasilaki (Ria)がポスドクとしてスウェーデンの研究室に参加しました。今後も皆さんと一緒に共同で研究することになりますがよろしくお願いします。

2009年度は多くの論文を発表することができ、また多くの方が学位を取得した、忙しい1年でした。また29ページに記載した通り、多くの方が学会賞などを受賞してくださった点でも稔り多い年でした。2009年11月には私が紫綬褒章を受賞し、皆様に祝っていただきました。この場を借りて皆様に心より感謝いたします。

平成22年5月 宮園 浩平

2008年までの挨拶はこのHPの「Annual Report」に掲載しています。